「どれ油を出してやるかな」と云いながら棚からかやの実の瓶をおろしました。
 ホモイはそれを受けとって貝の火を入れた函に注ぎました。そしてあかりをけしてみんな
早くから寝てしまいました。

                              宮沢賢治「貝の火」より
安比高原の「アブラガヤ」
作品ID1942

今は兎(うさぎ)たちは、みんなみじかい茶色の着物(きもの)です。
 野原(のはら)の草はきらきら光り、あちこちの樺(かば)の木は白い花をつけました。
 実(じつ)に野原(のはら)はいいにおいでいっぱいです。
 子兎(こうさぎ)のホモイは、悦(よろこ)んでぴんぴん踊(おど)りながら申(もう)しました。
 「ふん、いいにおいだなあ。うまいぞ、うまいぞ、鈴蘭(すずらん)なんかまるでパリパリだ」
 風が来たので鈴蘭(すずらん)は、葉(は)や花を互(たが)いにぶっつけて、しゃりんしゃりんと鳴りました。
 ホモイはもううれしくて、息(いき)もつかずにぴょんぴょん草の上をかけ出しました。
 それからホモイはちょっと立ちどまって、腕(うで)を組んでほくほくしながら、
 「まるで僕(ぼく)は川の波(なみ)の上で芸当(げいとう)をしているようだぞ」と言(い)いました。
 本当にホモイは、いつか小さな流(なが)れの岸(きし)まで来ておりました。
 そこには冷(つめ)たい水がこぼんこぼんと音をたて、底(そこ)の砂(すな)がピカピカ光っています。
 ホモイはちょっと頭を曲(ま)げて、
 「この川を向(む)こうへ跳(と)び越(こ)えてやろうかな。なあに訳(わけ)ないさ。けれども川の向(む)こう側(がわ)は、どうも草が悪(わる)いからね」とひとりごとを言(い)いました。
 すると不意(ふい)に流(なが)れの上(かみ)の方から、
 「ブルルル、ピイ、ピイ、ピイ、ピイ、ブルルル、ピイ、ピイ、ピイ、ピイ」とけたたましい声がして、うす黒いもじゃもじゃした鳥のような形のものが、ばたばたばたばたもがきながら、流(なが)れて参(まい)りました。


引用:青空文庫
http://www.aozora.gr.jp/


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