その式場を覆う灰色の帆布は、黒い樅の枝で縦横に区切ら
れ、所々には黄や橙の石楠花の花をはさんでありました。何
せそう云ういい天気で、帆布が半透明に光っているのですか
ら、実にその調和のいいこと、もうこここそやがて完成さる
べき、世界ビジテリアン大会堂の、陶製の大天井かと思われ
たのであります。向こうには勿論花で飾られた高い祭壇が設
けられていました。


 宮沢賢治「ビジテリアン大祭」より
安比高原の「ハクサンシャクナゲ」
作品ID2589

なるほどさっきのおしまいの喜劇役者にた人はたった一人異教徒席に座ってうでを組んだり髪をきむしったりいかにも仰山ぎょうさんなのでみんなはとうとうひどく笑いました。
「あの男の煩悶はんもんなら一体何だかわからないですな。」陳氏が云いました。
 ところがとうとうその人は立ちあがりました。そして壇にのぼりました。
「諸君、私は誤っていた。私は迷っていたのです。私は今日からビジテリアンになります。いや私は前からビジテリアンだったような気がします。どうもさっきまちがえて異教徒席に座りそのためにあんな反対演説をしたらしいのです。諸君許したまえ。つ私考えるに本日異教徒席に座った方はみんな私のように席をちがえたのだろうと思う。どうもそうらしい。その証拠しょうこには今はみんな信者席に座っている。どうです、前異教徒諸氏そうでしょう。」
 私のおどろいたことは神学博士をはじめみんな一ぺんに立ちあがって
「そうです。」と答えたことです。
「そうでしょう。して見ると私はいよいよ本心に立ち帰らなければならない。私はあるいはご承知でしょう、ニュウヨウク座のヒルガードです。今日は私はこのお祭をにぎやかにするために祭司次長からたのまれて一つしばいをやったのです。このわれわれのやった大しばいについて不愉快ふゆかいなお方はどうか祭司次長にその攻撃こうげきの矢を向けて下さい。私はごく気の弱い一信者ですから。」
 ヒルガードは一礼して脱兎だっとのように壇を下りただ一つあいた席にぴたっと座ってしまいました。
「やられたな、すっかりやられた。」陳氏は笑いころげ哄笑こうしょう歓呼拍手は祭場も破れるばかりでした。けれども私はあんまりこのあっけなさにぼんやりしてしまいました。あんまりぼんやりしましたので愉快なビジテリアン大祭の幻想げんそうはもうこわれました。どうかあとの所はみなさんで活動写真のおしまいのありふれた舞踏ぶとうか何かを使ってご勝手にご完成をねがうしだいであります。



引用:青空文庫
http://www.aozora.gr.jp/

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