線路のへりになったみじかい芝草の中に、月長石ででも刻
まれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていまし
た。
「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせ
ようか。」ジョバンニは胸を躍らせて云いました。
「もうだめだ。あんなうしろへ行ってしまったから。」
 カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次
のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。

    宮沢賢治「銀河鉄道の夜」より
安比高原の「エゾリンドウ」
作品ID456

「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るかあるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれどもにわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。
「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」
 ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが
「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」とていねいに云いました。
 ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。
「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士はかたく時計をにぎったまままたききました。
「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。
「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船がおくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」
 そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。
 ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。

引用:青空文庫
http://www.aozora.gr.jp/


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