童子さまの脳はもうすっかり疲れて、白い網のようになって、
ぶるぶるゆれ、その中に赤い大きな三日月が浮かんだり、そ
のへん一杯にぜんまいの芽のようなものが見えたり、また四
角な変に柔らかな白いものが、だんだん拡がって恐ろしい大
きな箱になったりするのでございました。母さまはその額が
余り熱いといって心配なさいました。

     宮沢賢治「雁の童子」より
安比高原の「ゼンマイ」
作品ID4612

老人はもう行かなければならないようでした。私はほんとうに名残(なご)り惜(お)しく思い、まっすぐに立って合掌(がっしょう)して申しました。
「尊(とうと)いお物語(ものがたり)をありがとうございました。まことにお互(たが)い、ちょっと沙漠のへりの泉で、お眼にかかって、ただ一時を、一緒(いっしょ)に過ごしただけではございますが、これもかりそめのことではないと存(ぞん)じます。ほんの通りがかりの二人の旅人(たびびと)とは見えますが、実はお互がどんなものかもよくわからないのでございます。いずれはもろともに、善逝(スガタ)の示(しめ)された光の道を進み、かの無上菩提(むじょうぼだい)に至(いた)ることでございます。それではお別れいたします。さようなら。」
 老人は、黙って礼を返しました。何か云いたいようでしたが黙って俄かに向うを向き、今まで私の来た方の荒地(あれち)にとぼとぼ歩き出しました。私もまた、丁度(ちょうど)その反対の方の、さびしい石原を合掌したまま進みました。


引用:青空文庫
http://www.aozora.gr.jp/


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