「嘉助、二人して水掃ぐべな。」と言ってしゅろ箒をもって来て水を窓の下の穴へはき寄せていました。 するともうだれか来たのかというように奥から先生が出てきましたが、ふしぎなことは先生があたりまえの単衣をきて赤いうちわをもっているのです。 「たいへん早いですね。あなたがた二人で教室の掃除をしているのですか。」先生がききました。 「先生お早うございます。」一郎が言いました。 「先生お早うございます。」と嘉助も言いましたが、すぐ、 「先生、又三郎きょう来るのすか。」とききました。 先生はちょっと考えて、 「又三郎って高田さんですか。ええ、高田さんはきのうおとうさんといっしょにもうほかへ行きました。日曜なのでみなさんにご挨拶するひまがなかったのです。」 「先生飛んで行ったのですか。」嘉助がききました。 「いいえ、おとうさんが会社から電報で呼ばれたのです。おとうさんはもいちどちょっとこっちへ戻られるそうですが、高田さんはやっぱり向こうの学校にはいるのだそうです。向こうにはおかあさんもおられるのですから。」 「何して会社で呼ばったべす。」と一郎がききました。 「ここのモリブデンの鉱脈は当分手をつけないことになったためなそうです。」 「そうだないな。やっぱりあいづは風の又三郎だったな。」嘉助が高く叫びました。 宿直室のほうで何かごとごと鳴る音がしました。先生は赤いうちわをもって急いでそっちへ行きました。 二人はしばらくだまったまま、相手がほんとうにどう思っているか探るように顔を見合わせたまま立ちました。 風はまだやまず、窓ガラスは雨つぶのために曇りながら、またがたがた鳴りました。
引用:青空文庫
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