安比高原スキー場の経営が周辺宿泊施設にもたらした影響

地域経済・観光学研究室

柳谷 翔太

 


1.背景・目的 

ピーク時の平成5年に1,770万人に達していた全国スキー人口が、平成13年には1,160万人まで落ち込んだ(呉羽、2002)。全国の営業スキー場数も平成16年の631から平成18年には593まで減少した (総合ユニコム出版、2006)。さらに、スキー場の周辺宿泊施設も、スキー場の経営状況により、経営方針の変更を余儀なくされている。

本研究では、北東北において最大規模(全21コース、総コース距離45km)を誇る安比高原スキー場(岩手県八幡平市) を対象として、経営主体である岩手ホテルアンドリゾート(株)によるスキー場・関連施設経営の歴史的変遷を明らかにした上で、スキー場経営が、周辺の宿泊施設(ペンション・民宿)に、もたらした影響を明らかにする。

本稿では、スキー場経営主体による事業のうち、安比高原スキー場、ホテル、イーハトーヴォ安比自然学校に特化して議論をする。周辺宿泊施設とは、安比高原ペンションヴィレッジ会(PV会)加盟のペンション、安比民宿組合加盟の民宿を指す。

 

2.方法

スキー場・関連施設の経営に関しては、岩手ホテルアンドリゾート(株)や元従業員など計2名に対する聞き取り調査を実施し、スキー場冬期入場者数などの情報を入手した。周辺宿泊施設に関しては、平成19年8〜9月に開業年や増改築年などについて質問したアンケート調査を実施し、ペンションについては24軒中18軒から、民宿については31軒中11軒から回答を得た。

 こうして得られた情報をもとにし、時代を5つに区分し、分析を進めた(図1)。

 

3.結果

3-1.第1期  「昭和55〜60年」

昭和55年、安比高原スキー場の経営主体として、リクルートを筆頭株主とする第三セクター安

比総合開発(株)(現、岩手ホテルアンドリゾート)が誕生した。なお、当時安比総合開発が直接に携わる面積の約88.3%は国有地であった(国有地

2844ha、民有地377ha)(岡田、1988)。昭和56年、安比高原スキー場が開業したが、開業時に全ての設備が整っておらず、輸送機の新設(S56:8基→S60:18基)、駐車場の拡張、ゲレンデ・ナイター設備の新設が継続的に進められた。また、開業時には宿泊施設が存在していなかったため、ペンション誘致(S59)や、ホテル安比グランド(S60)の新築を行った。

スキー場開業を契機に、周辺地域でも宿泊施設が誕生した。例えば民宿は、地元住民が農業との兼業を維持する形態で昭和57年以降誕生していった。一方、安比総合開発の誘致活動の結果、ペンションは主に県外からの移住者によって昭和60年に11軒開業した。

また安比総合開発は昭和57年に、宿泊紹介センターとよばれるブースを設置して、スキー客に民宿・ペンションへの宿泊を促し、さらに周辺宿泊施設に対してのみリフトパック券を提供した。

 

3-2.第2期  「昭和61〜平成3年」

 入場者数は67万(S61)→106万(S63)→150万(H3)と急増し、安比総合開発はさらなる駐車場拡張・輸送機新設・ホテル新築を行った。

一方、入場者の増加に伴い、周辺でも新たに民宿・ペンションが誕生した。調査済みに限るとこの時期までに民宿11軒、ペンション14軒が開業した。また、現在までに増改築の経験がある民宿は10軒、ペンションは6軒のうち、この時期に民宿6軒、ペンションは4軒が増改築を行ったことから、増改築の盛んな時期だったといえる。

安比総合開発と周辺宿泊施設との関係については、宿泊紹介センターやパック券という従来のつながりに加えて、PV会が「ツール・ド・モリオカ ステージAPPI(自転車ロードレース)」や「安比高原除夜の花火」といったイベントを企画し、安比総合開発に協力を求め共催するなど、より密接な関係が構築された。

 

3-3.第3期  「平成4〜12年」

入場者数が平成12年には約91万人にまで減少する中で、安比総合開発は系列企業と合併し、新経営主体である「岩手ホテルアンドリゾート(株)」を誕生させた。それ以降、夏場のイベントによる動員数がおおむね増加傾向であることから、閑散期の集客に力を入れるなど経営の多角化を進めたといえる。

周辺宿泊施設に関しても、平成10年夏に、一部の民宿経営者がサッカー場経営を開始するなど、ペンションに先駆けて夏場の集客を本格化させた。一方、第2期ほぼ100%だったペンションの専業率が第3期には86%に減少した。これは、冬場の売上減少を補うべく、山岳ガイド業、ゴルフ場勤務といった兼業を経営者が開始したからである。またPV会が、安比高原彫刻シンポジウムを開催し(H8夏〜H14夏)、ペンション独自の魅力づくりを進めた。しかしこうした対応にも関わらず、一部で廃・休業するペンションが出始めたのもこの時期である。その結果、平成6年には55軒あったが、現在は24軒に減少している。

スキー場、宿泊施設が独自に多角化を進めつつも、ペンション10周年記念祭(H7)を共催したり、安比高原除夜の花火を2000発以上上げる(H11)など、依然両者は密接な関係を保っていた。

 

3-4.第4期  「平成13〜15年」

平成13年、安比高原牧場内にイーハトーヴォ安比自然学校を開校し、平成15年に延べ10,949人集めるなど夏場の集客を進めた。入場者減少は続き、平成15年に岩手ホテルアンドリゾートの筆頭株主がリクルートから加森観光に変わった。

ペンションでは平成14年から修学旅行生の分宿事業を開始するなど、夏場の集客を目指し、専業率はさらに減少した(第3期86%→第4期75%)。しかし、民宿に専業率の変化はみられない。

このほかに、ペンション経営者が安比自然学校で行われる体験学習のインストラクターになるなど、スキー場経営主体と周辺宿泊施設との間に、新たなかかわりが生まれた。その一方で、安比高原除夜の花火に対し、集客力をはじめとした魅力が加森観光に認められず、平成15年に中断することとなった。

 

3-5.第5期  「平成16〜19年」

夏場の宿泊客数が冬場の宿泊数を上回る民宿・ペンションが多くなった。これはサッカー場利用者(H13:10,707→H19:15,655)や修学旅行生の受入数(H14:128→H19:1,577)が着実に伸びてきたことが主因といえる。

入場者数減、インターネットの普及により、宿泊紹介センターの機能低下が著しく、スキー場経営主体と周辺宿泊施設との関係性はパック券に限定されるようになった。その一方で、安比自然学校を通じたスキー場経営主体とペンションの関係性は現在も維持されている。なお平成15年に中断した除夜の花火も魅力が認められ、復活した(H17年)。

 

4.おわりに

開業当時、周辺宿泊施設はスキー場経営主体にとって貴重な存在であり、周辺宿泊施設にとっても、スキー場開業がもたらした経済的な効果は大きく、増改築にもつながった。両者の密接な関係は、宿泊紹介センターやパック券、イベント共催という形で表れた。特にペンションとスキー場経営主体の関係性は密だった。しかし入場者数が減少傾向に変化した第3期以降になると、スキー場経営主体の事情が変化し、イベント開催、自然学校など夏場の集客を目指すようになった。この頃一部民宿でも、広大な土地を所有している利点を活かし、いち早くサッカー場建設を進めた。ペンションについても、一部の事業者は撤退・休業を余儀なくされたものの、兼業やPV会独自のイベント(3期〜)や修学旅行生の受入事業(4期〜)などを展開し、ペンション存続の基盤を徐々に固めていった。スキー場の経営が厳しくなる中で、スキー場経営主体、民宿・ペンションは、各々の形態で、スキー客依存の経営から脱却していったといえる。